『弟金魚とサヨナラしたら』

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弟金魚とサヨナラしたら

『弟金魚とサヨナラしたら』

 著者:水流苑まち 小説・ノンフィクション・(24ページ)

 内容紹介:高校三年生で不登校になって以来、二年間に渡ってひきこもり生活を続けている青葉(あおば)には、
 四つ歳の離れたイツキという名の弟がいる。ある日彼女は、巨大な水槽の中に入れられたイツキの夢を見る。

弟金魚とサヨナラしたら

「そとんち」で、話されていることを合法的に、外に出してみるという試み

「そとんち」は、丁寧な暮らしを体験できる おうちのそとの、もう1つのおうち。
成長しながら、生きる味方が増えていく場所として、
地域の人のみならず、全国各地から、それこそ、老若男女が集う場所に成長してきました。

「丁寧な暮らし」の範囲は広く、時間をかけてドレッシングや
お味噌から作られる手作りの料理を囲んで食べる、「みんなの食卓」と言う機会もあれば、
日頃もやもやしている言葉を取り出して整える「言葉のおけいこ」といった講座の場合もあります。
一期一会の機会ではあるが時に、誰にも話をしたことのない、非常にセンシティブな事柄を誰かが、
話たところから、「実は私も・・・」と言う告白的な話題となることもあります。
(和気あいあいと、終わる日ももちろんあります。)
そういった「そとんち」での会話は、その空間だけのもので、守秘義務の元、大切にそれぞれの心の中に保管されています。

ただ、色んな人の機微や想いに触れる機会と言うのは、同じ空間にいた人の心にも、多くの触発を生んでいます。

今回、「そとんち」で話されていることそのものではないけれど、心の機微を外に出してみようと思います。

様々な事情から、家から出られないと言う人や、「そとんち」に足を踏み入れたことはない人も、
身近に感じてもらえるような機会を作りたいと思ったことも背景にあります。

「そとんち」のブログと言うこの空間で、作家水流苑まちさんの作品と、そこから見えた景色や想いなどを、

私(板谷)自身の言葉で紹介する取り組みをしてみようと思っているいます。

立ち読みで、一部は無料で読むことができるし、小説と言うところから、何を感じるか?と言うこと。
読んでくれた人自身が、何を思うのかを感じて欲しいと思っています。

 

身近だからこそ、比較もするし、自分の枠に閉じ込めて起きたくなる

10代最後の年。私は1年、学校や社会的なものに属さず、精神的な放浪?をしたことがある。

その頃、ずっと心の中にあったのは、漂っているような将来への不安と焦燥感とでもいうのか。

10代の「あの頃」を思い出すような作品。
かといえば、小学校の同級生の多くと別の中学に行き、
かつての同級生の眉毛が整えられ、メークが濃くなり、
髪の毛の色が変わり、なんだか、自分を置いて大人になっていってしまったかのような。

周りの人がみんな仲間で、応援し合えたら良いのだけれど、

そんなに世の中は甘くもなくて、人間の欲だとか、綺麗事ばかりではない部分も見え隠れする。
どこかの遠い世界ではなくて、人は誰でも、青葉とイツキ、どちらの立場にも、なり得る。
その時に、いかに、自分の行動、言動に自覚的になれるかが、大切なのかもしれない。

自分は、生まれてから亡くなるまで、ずっと、一緒にいる「自分」とどれだけ仲良くなることができるのだろう。
そんなことを感じました。読んで、何を感じるのか、是非、体感してみてくださいね。
沢山の人に読んで欲しいと言う作者の水流苑まちさんの意向から、現在、100円で販売しています♬
お昼休みに、ジュースの代わりに短編小説を手にしてみるのも、丁寧な時間の過ごし方かもしれません。

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『弟金魚とサヨナラしたら』

古新聞の端を両手で持ち、大きく扇ぐように広げたら、くしゃみが立て続けに五回も出た。埃が舞ったせいだろう。ベッドの上で待機している弟のイツキも、むずがゆそうに鼻を鳴らしている。

 そういえば、最後に部屋の掃除をしたのはいつだっけ。掃除機をかけている途中でひざ掛けを吸い込んだ記憶があるから、まだ肌寒い季節だったはずだ。だとしたら、最低でも三か月分の埃を溜め込んでいることになる。空気の入れ換えすらろくにしていないことを考えると、いくらズボラなわたしでもすこし鳥肌が立った。

 毎日とまではいかなくても、たまにカーテンと窓を開けて、陽射しや外の空気を入れた方がいいことはわかっている。その方が気分もいくらかすっきりするはずだ。

だけど、どうしてかカーテンを引くというたったそれだけの作業に、ものすごく抵抗を覚えてしまう自分がいる。

 わたしの家の前は近所の中学生たちの通学路になっていて、毎日朝と夕方の二回、彼らの弾んだ声が二階のこの部屋まで響いてくる。それを聞くと、二度とあの場所へは戻れないという事実を突きつけられるようで、胸が鈍く痛んだ。

正式に退学手続きを済ませた日、「これでわたしはこの先もう学校へ行くことはないのだ」と安堵したはずなのに、なぜいまごろになってこんな感情になるのか。たぶん、これは単純な憧れと羨望なのだ。わたしが自分を守るために切り捨てた、儚くてキラキラした時間に対する。

 カーテンや窓を開ければ、それらキラキラした時間が、部屋の中まで入りこんでしまう。そうして、それとは対照的な、わたしのこのやつれた人生を浮き彫りにしてしまう。 

だから、できる限り外の世界を感じたくなかった。

「前みたいに毛先を整える感じで、五センチほど切ってくれればいいから」

 畳の上に新聞紙を敷き詰め終え、わたしは全身鏡の前に足を崩して座り込んだ。

わかった、とベッドから下りてきたイツキが背後で膝立ちになる。背丈はこちらの方が二センチほど高いけれど、いまは太腿の分だけ弟の方が勝(まさ)っているので、鏡の中ではふたつの頭が重なり合わずに並んでいた。

 イツキは黙々とわたしの身体にケープ代わりの新聞紙を巻きつけ、ヘアクリップを使って髪をいくつかのブロックに分けて固定していく。

「じゃあ、いくよ」

 準備を終えたイツキが散髪バサミを畳から取り上げた。

「待って、先に髪を濡らさなきゃ」

 慌てて後ろを振り返ると、

「いや、めんどくさいし、このままで大丈夫」

 両手で頭をつかまれて、やや強引に正面に向き直らせられた。

「いいから、じっとしてて」

 イツキは、背中まで伸びたわたしの後ろ髪を一筋手に取ると、指に挟んで、何のためらいもなくハサミを入れた。そこからは、すでに切り終えた毛束に長さを合わせながら切り進めていく。

 しばらく鏡越しにその様子を見守っていた。手元がわたしの身体に隠れているので、細かい動きは見えないけれど、ハサミを捌く手の迷いのなさだけは見て取れる。思い切りがいいせいか、不器用な割に手際がいい。

ただ、髪を強く引っ張りすぎるのが気になった。

「もうちょっとそっとしてくれない? 痛いし、毛が抜けちゃいそう」

「青葉(あおば)は大げさすぎるんだよ」

機嫌を損ねないようにと遠慮がちになったのがいけなかったのか、イツキは聞く耳を持たず、力を加減してくれるどころか、さっきよりも乱暴な手つきで新しい毛束を指に取った。

「痛いってば」

「うっさいなあ」

 四つも年が離れているのに、イツキは時々わたしをものすごくぞんざいに扱う。名前だって彼が物心ついたころから呼び捨てで、「お姉ちゃん」と呼んでもらったことなんて一度もなかった。

 昔から生意気だとは思っていたけれど、最近は特に軽視されている感じがしていちいちひっかかる。だけどそれはたぶん、わたし自身の環境の変化によるものなのだろう。

 高校三年生で不登校になったわたしは、そのままひきこもり生活に突入した。母親の口癖が「イツキも青葉を見習いなさい」から「イツキまで青葉みたいにならないでよ」に変わって、この夏でもう二年になる。

 最初のころは近所のスーパーくらいには行けたのだが、ここ一年ほどは、家からは愚か自室からもあまり出られない状態が続いていた。家の中をうろつくのは、トイレとお風呂と歯磨きのときくらいのものだ。

 当然、美容室にも行けないので、髪は半年に一度のペースでこうやってイツキに切ってもらっている。弟には他にもいろんな場面で手を借りていて、それがなければこの生活はたぶん成り立っていない。

 それもあって、イツキに対してはあまり強く物を言えないのだ。

「そういや、勉強は進んでんの?」

 ハサミを軽快に鳴らしながらイツキが訊ねた。

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作者 水流苑(つるぞの)まちさん

はじめまして。
大阪の泉州地域で作家活動をしている水流苑(つるぞの)と申します。

いろいろ吹っ切れた30歳、書く作品もどんどん暴走気味になってきています。
今後、さらにぶっ飛んだ方向に進化していく予定なので、乞うご期待!

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